Inuit Art “Three Walrus” by Sheowak, wife of a seal hunter. Made in 1960. (via The BIG Bedroom Reveal! « Hindsvik Blog)
“一昔前まで、アメリカでのプロレス興業には、「マークス」と呼ばれる腕自慢の飛び入り賞金マッチがつきものだった。
マークスの多くは、レスリングの実力者とか、地元の喧嘩屋である。もしプロモーターに返り討ちを命じられれば、一介のレスラーにそれを断る権利はなく、もし負けでもしたら、「素人より弱いレスラー」として業界には残れなくなる。
「プロモーターに絶対服従」という業界の掟が、実力の無いレスラーを淘汰していた。マサ・サイトーも、このようなマークスの相手を命じられ、サミングで返り討ちにしたと回想している。時には、プロモーターがマークス対策専用のレスラーを雇うこともあった。
その中でも有名になったのがボブ・バックランドで、彼はいつもマークスをヘッドロックでギブアップさせていたという。これは手首関節を相手の頬の頭蓋結合部に押し当てて締めるというもので、陰のテクニックとしてレスラーに伝えられていたものだ。つなぎ技であるヘッドロックで素人をギブアップさせることで、プロのステイタスを誇示したのだった。
ここではフリースタイル・レスリングの起源とされる「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」スタイル・レスリングが伝承されており、数々のフッカー(フックは、極めると同時に折ってしまうような危険なサブミッションのこと。フッカーは、これをマスターしたセメントの中のセメント)を育成した。
フッカーの中でも最強と呼ばれているのが、幻の実力者ビリー・ジョイスである。ゴッチは、その秘技を日本に伝えた。
チャンピオンクラスがマークスの相手をすることは、滅多になかった。勝って当たり前、負ければ興業全体にダメージを受ける。
従って、主に中堅以下のポジションにいるレスラーが、マークスを退ける役割を与えられた。前座レスラーだったジョイスは、その典型であろう。そうなれば、チャンピオンは彼らより強いことになり、一石二鳥だった。ジャイアント馬場は、セメントを、「レスリングの技術があり、かつ喧嘩度胸のあるレスラー」と定義している。
彼らセメントに言わせると、そうした実力とショーでの人気を兼ね備えてはじめて、真のプロフェッショナルなのだという。マクマホンジュニアのショーアップ路線により、セメントは業界から淘汰されていった。だがもちろん、プロレスそのもののレベルは向上している。打たれ強さや受け身の上手さなどは、格闘家をしのぐものがあるだろう。
打撃系の経験者なら分かるだろうが、人の体は、急所を除いて叩かれるほど強くなる。例えば極真の選手なら、体の全面や脚は、まるで鎧をまとっているように頑丈だ。プロレスラーは、日々の試合で常に全身がそういった状態に保たれている。特に、回復力は尋常ではない。
受け身の技術も、空中殺法や場外への落下があるため、スタントマン並みにレベルが高い。今や伝説となった、三沢が小橋を花道から(場外へ!)雪崩式タイガースープレックスで投げた場面を見せられた(しかも、2人はリングに戻って試合を続行した)ときには、改めて、自分がプロレス少年だったことに誇りを持ったものだ。こんなこと、プロレスラー以外の誰にできるだろう? ゴールドバーグなど、キャデラックにハネられてみせた。やっぱり、プロレスはキング・オブ・スポーツであり、プロレスラーは超人なのだ。
逆に言えば、いくらルックスが良くても、超高度な身体能力がなければ、トップの座は保てない。ザ・ロックなどはルックスはいいが、身体能力がプロとしてはいまいちであり、案の定、プロレスから俳優業に重心を移した。
こういったプロレスラーの養成機関の中でも有名なのが、ゴールドバーグやボブ・サップがいたことでも有名なアトランタの「モンスターファクトリー」、別名パワープラントだろう。フロアには3面のリングと最新のトレーニング設備が設置され、サブミッションのトレーニングも行なわれていた。ちなみに、ゴールドバーグもサンボや合気道の経験者だ。
”
もともとNFLでもズバ抜けた体力の持ち主だったサップをして、あげたまま失神するほどのシゴキだというから、いかに厳しいかが伺える。
カレリンのライバルだったマッド・ガファリは、1日で逃げ出したという。
K-1のサム・グレコも、実はプラント出身。
まさに、世界のトップアスリートが集結していたのだ。
“ 本当ごく最近あった話。
本当の話、でもあまりにアホらしすぎて人に話してない…
2週間ほど前、仕事中に意識失って倒れた、救急車で運ばれて検査したら心筋梗塞含め悪い部分が出ること出ること…。
で、倒れて意識無かった時の話、何故か近所の江戸川の土手に立ってる俺。
矢切りの渡しの向こうからエンジン付けた舟が俺んとこにまっすぐ向かってくる、
(ははぁ、これが三途の川だな)何故か納得する俺。
ほっかむりした船頭さんが
「船賃6文だよ」
って言う、確か机の中に600円あったなぁと
引き出しを開けたのよ(事務所の俺の机、なんで川岸にあったとか無粋な突っ込みナシな)。
そしたら何故か510円しかない。
「それじゃあ、乗せらんねえよ、また来な」
って言うと、エンジンをかけて舟は対岸に走り出した。
…、そこで気がついたら救急隊に担がれてた。
んでもって今日、久方ぶりに会社行って引き出し開けたら610円入ってる。
不思議に思って手に取って見てたら、隣のデスクの同僚が
「あ、悪い、どうしてもポカリ飲みたくなって借りたんだ、借りたまま○○が
死んじまったら寝起き悪いんで返しといた、利子つけて」
社販のポカリは自販機で90円…、
俺はこいつに何をどう説明したら良いのやら…。 ”
What I wouldn’t give for a piping hot bowl of pork-covered tonkotsu ramen right now on this snowy NYC morning…
“ ビョークの顔をかわいいと思えるかどうかでその日の体調がわかる ”
Twitter / 100頭 (via tsuda) (via nemoi) (via sakurasakuras) (via lovecake
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Here is a little something: We are up at the top of this mountain in Sa Pa, approximately a mile high above sea level, the sun is out, the wind is blowing, the air is thin but it was so so so damn fresh feeling.
We are at an area where there are tents and people selling food and souvenirs’, this young girl keeps approaching me to sell these keychains she had.
After about 15 minutes of, for lack of a better term ‘begging’, I finally buy one - I ask to photograph her. She agrees to, I then take a Polaroid of her. I give her the Polaroid as a gift back and she becomes silent, everyone is silent.
They watch the Polaroid develop, the girl smiles. The smile of an ecstatic girl who has never seen a photograph of herself.
“三部作の中でも屈指の名シーンとして挙げられることも多いダンス・パーティーでマーティが即興で“ジョニー・B・グッド”を演奏するこのシーン。
僕も大好きなシーンなんですが、このシーンに関する“ベスト”と呼べる解説を見つけたのでご紹介。
教えて!HMV|HMV ONLINE オンラインショッピング・情報サイト バックトゥーザフューチャーで歌っていた曲は?
質問:「バックトゥーザフューチャー(1)」で主人公が学園祭の代役ボーカルとして歌った曲は誰の歌っている曲なのでしょうか?出来れば、英語のスペルでの歌手名・曲名を教えてください。カテゴリーが違うかもしれませんがよろしくお願いします。
皆さんがおっしゃっているように、チャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」ですが、この曲はプレスリーとは別にロックンロールの原点になっている曲です。ですから、このシーンの途中でバンドの怪我をしたギタリストが本当のチャック・ベリーに電話で聴かせて上げるという場面が出てくるわけです。つまりこの映画ではロックンロールも30年間の時間のループを描いているということなのです。
すいません、私にもちょっと補足させて下さい(^^)。
この’85年作品で、主人公は30年前の’55年にタイムスリップします。
‘55年の町中のシーンでまず聞こえるのが、コーデッツ等でヒットした「ミスター・サンドマン」。つまりまだビートがない時代で、ロックンロール前夜だというのが、これで分かります。
有名な「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は、’54年に発売されましたが当時は売れず、この’55年の映画『暴力教室』に使われて大ヒットします。『暴力教室』は3月に公開され、「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は7月にNo.1ヒットとなりましたが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の舞台である10月下旬から11月の段階では、アメリカの田舎町では、まだゆったりとしたポップスが人々にとっての主流だったということです。
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」という曲が「ロックンロール」の始まりのように言われることが多いですが、実際にはそれまでに「ロック」という言葉が使われるレコードが幾つも出ております。ただしNo.1ヒットとなったこの年がひとつの節目になったことは確かで、そうした下地があったからこそ、マーティがキーだけを指示してイントロを弾き始めても、バンドはちょっとテンポの速いジャンプ・ブルースだと思って追従出来るということになる訳です。
ちなみにあのバンドは「MARVIN BERRY AND THE STARLIGHTERS」という役名だそうで、「ジョニー・B・グッド」の演奏中に、手を怪我したMarvinが従兄弟の「Chuck (Berry)」に電話するのは、masmasさんのご説明通りです。
またこの演奏シーンは、ボーンズ・ハウ(Bones Howe)という、フィフス・ディメンションやアソシエーションの仕事で有名なプロデューサーが、スーパーバイザーとして参加しています。イントロこそチャック・ベリーのスタイルですが、間奏からはサーフィンのテケテケとか、アンプの蹴り倒しとか、ライトハンド等まで取り入れ、あの3分間の中に30年のロック・ギターの歴史を凝縮させているのであります。
蛇足ですが、チャック・ベリーの音源には、オリジナルのCHESSレーベルのものと、再録のものがあります。当然、オリジナルCHESS録音がベストですので、CDを探す際にはその辺ご注意下さい。
ロック好きであればこのシーンが何を意味するかはすぐに理解できるとは思いますが、ここまで細かく考えられていたとは知りませんでした。確かに改めて見返すと、演奏後半でマーティが暴走を始めてからは“クロマティックラン→ウィンドミル→ライトハンド(タッピング)→背面弾き→アンプ倒し→早弾き”という形になってますね。これを“ロックの歴史”と言ってしまうのは少々偏っている気もしますがwまあ多分僕が所為“ギターテク”というものに何の思い入れもないからなんでしょうけれど。
いずれにせよ“ロックの発展”のプレゼンテーションとしては素晴らしく良く出来ているシーンだと思います。オチも含めて。
一部にはこのシーンを“ロックンロールの起源を奪う=白人による搾取”だという人もいるみたいですが、もし本当にそうならここで引用されるのはエルヴィス・プレスリーのはずです。でも引用されるのはチャック・ベリー。ここで“ロックンロールの起源”をチャック・ベリー(やそのほかの黒人ミュージシャン)に見出していることは明らかでしょう。
と同時に、ロックンロールは黒人のみによってつくられたカルチャーではなく、白人やそのほか様々なルーツを持った人々が携わることで発展していったカルチャーであるんですよね。それらをひっくるめてマーティがチャック・ベリーに(間接的に)手渡して、その中からコアな部分を抽出する形でオリジナルの“ジョニー・B・グッド”が生まれる。だからここで行われているのは“搾取”ではなく(白人と黒人、未来と過去の)“交配”と捉えるべきでしょう。それに関しても上の方がきっちり解説しています。
下(※上)の書き方だとちょっと誤解されるかもしれないので更に補足。
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は白人ロカビリアンのビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツのナンバー。そして’55年の夏に、チャック・ベリーもCHESSレコードから「メイベリーン」というナンバーでデビューします。この曲は全米チャートでも5位まで上がるヒットとなります。
それからも
‘56年「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」(全米29位)
‘57年「ロックンロール・ミュージック」(全米8位)
「スクール・デイ」(全米3位)等のヒットがあり、
「ジョニー・B・グッド」が出たのは’58年(全米8位)です。
ただ、現在チャック・ベリーは偉大なロックン・ローラーとして、誰もが敬意を払いますが、ビートルズやローリング・ストーンズ等のビートグループが、彼へのリスペクトを前面に押し出すまでは、人種差別の問題等もあり、チャートにおける成功にもかかわらず、本国でもそれほど高い評価を得ているとは言えませんでした。彼の評価を高めたのは、次の世代のアーティスト達だったのです。
この「ジョニー・B・グッド」は、人種差別や偏見、そして自分に対する励ましを歌詞に込めた曲と言われます。運は自分でつかみに行けという、”Go Go”のリフレインに込められたメッセージは、ある意味ではロッカー達の讃歌となり、その後も数多くのロッカーに歌い継がれ、チャートのランクを超えたチャック・ベリーの代表作になっているのであります。
この時代(55年)はまだ公民権運動前で黒人差別が一般的だった時代です(公民権運動が全米に広がるのは56年から)。そんな中、チャック・ベリーは後の時代の“ロックンロールに目覚めた若者達”によって人種を超えた真の評価を勝ち得るわけです。そして彼(チャック・ベリー)の影響を受けたアーティスト達が新たな音楽を生み出していく。
“白人のティーンエイジャーであるマーティが(黒人の音楽である)ジョニー・B・グッドを演奏し、同じく白人のティーンエイジャー達を躍らせる”というのはこうしたロックンロールの歴史をなぞることでもあります。
自分自身の誕生だけでなく、自分が大好きな文化(音楽)の誕生に手を貸すことにもなり、それは同時にロックの歴史そのものでもあった、というのがこのシーンの肝でしょう。
また、この過去のパートは、マーティの父親であるジョージの視点から見ると“ルーザー(ジョージ)が外部(未来)からやってきたオラクル(マーティ)の助けを借りてジョックス(ビフ)を打ち倒しクィーン(ロレイン)をゲットする”という学園映画の典型的なプロットにもなってるんですよね。で、そのことが未来の自分や家族を救うことにもなる。
”
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の“ジョニー・B・グッド”演奏シーンに関するほぼ完璧な解説。 - 想像力はベッドルームと路上から (via tessar, kazukij) (via futashika) (via tlav95tlav95) (via kennigon) (via ahhachan)